温暖化ショックとオイルショックと (6)

温暖化ショックと倫理問題

ペンシルバニアはペンの森と言う意味でアパラチア山脈の東に位置し、なだらかな起伏に 富む森に覆われている。それでも南東部は平野が開けフィラデルフィアから西へ30分も 行くと農村地帯である。

その中にアーミッシュの人々が暮らすランカスターがある。彼らは信条に基づき、この映 画の一こまが示すような電気、車を使わない生活を今も送る。アメリカの典型的な町に囲 まれているのだが、このランカスターに足を踏み入れると形は違っても、生まれ育った田舎を思いださせ る風景が広がる。「思い出のグリーングラス」そのものである。

アーミッシュはこの映画の舞台になったペンシルバニアのランカスターだけでなく各地に 散在する。ここオハイオの東部にもまとまったグループがいる。アーミッシュの起源 はドイツであり、ランカスターでは小学校からドイツ語を教える。このオハイオの町はベ ルリンと呼ばれる。ランカスターはドイツがなまり「ダッチカウントリー」と言われ、オ ランダの町と混同する。

カナダのセント・ジェイコブズ(人口二万七千人)というところは、カナダに根付いたア ーミッシュの町である。ダウンタウンは多少観光地化されていて百余の店が並ぶ。その中 の陶芸店に立ち寄った時、一隅のガラスケースの中の焼き物に興味を惹かれた。よく見る と、Raku(ラク)・Ware(ウエア)と書かれ、日本の楽焼きをオリジナルにした 物と説明されていた。この町はロシアからの移民や、スイスからのアーミッシュの移民等 が混ざり合っており、一体どのように楽焼きが伝来されたのがろうかと不思議な感動を覚 える。

ワシントン DC の郊外に Germantown という DC のベッドタウンがある。Germann とどういう関係があるのか定かでないが、アーミッシュの人が毎週末に訪れ開かれる店が ある。ペンシルバニア南部からくるその人達は、車を使うし店には電気がある。そうした アーミッシュもいる。

アーミッシュの小さなコミュニティーがあるところには、道路に馬車に注意するようにと いうサインがある。馬車の後になるとノロノロ運転となるが、人々はわきまえていて忍耐 強い。

CO2を削減すべきとは思えないが、減らすためには対処療法ではだめで、根本的な生活様式の変換をしなければいけない。このアーミッシュのように電気のない生活をし、車の使用をやめるような決意が必要である。そこまで極端にしなくても、高い環境税、エネルギーを多く消費する工業の縮小による高い失業率、公共機関の税収の激減には覚悟が必要である。そうした覚悟はそっちのけで、科学的根拠もなく不安を煽ることは倫理観の問題である。

次に進む前に、以下はこれまでの私自身の整理である。

1 ナフサ以外には、灯油、軽油を熱分解して化学原料にすべきである。
2 重質油、石炭は燃やすか、部分燃焼して合成ガスに転換すべきである。
3 今後一世紀にわたり石油の化学原料は、決して困らない量がある。
4 原子力エネルギーも今後一世紀以上にわたり十分な量がある。
5 石油の枯渇と石油化学の悲観的な将来はマスメディアにより作られた幻想だった。
6 人口問題、オイルショック、温暖化ショックとも非論理的な悲観論が台頭した。
7 オイルショック、温暖化ショックとも、曖昧なシミュレーションの結果で不安感を煽った。
8 温暖な気候の方が人間にとり有益であった。
9 CO2 濃度の高い方が植物に対して有益である。
10 可採埋蔵量の全化石燃料を燃やすと、CO2 はおよそ1000 ppm の濃度になる。
11 この極端な例の場合、フィードバックの効果がなければ 1.0 ℃ 温度が上昇する。
12 フィードバック効果についてははっきりした定説はない。
13 IPCC の 2500人の専門家が温暖化の人為説のもとで合意できること自体異常である。
14 現在の温暖化ショックは科学問題というより倫理問題である。

温暖化問題は大きな環境問題として捉えられている。私が少年期から青年期にかけて多くの公害問題が発生した。それら過去の環境問題と同質なのだろうか。果たしてCO2発生の削減を声高に言うことが環境を思いやることなのだろうか。CO2が温暖化の原因だという科学的な証拠はない。だから、温暖化問題は形而上学的な多くの問題を内包する。

日本で発生した公害の中でも水俣病は公害病の原点である。1956年に熊本県水俣市で水俣病の発生が確認された。翌年熊本大学は、原因物質は有機水銀だという発表を行った。1959年に有機水銀説が熊本大学や厚生省食品衛生調査会から出されると、チッソは「工場で使用しているのは無機水銀であり有機水銀と工場は無関係」と主張した。

アセチレンからアセトアルデヒドを合成するプロセスで触媒として無機水銀(硫酸水銀)が使用された。これと同様のプロセスが国内にいくつかあったのだが、水俣病の症状が出たのは、当時は水俣近辺だけだった。そこで化学工業界をあげて有機水銀説を攻撃した。メチル水銀化合物と断定されたは、1968年である。今ではガスクロマトグラフィーでメチル水銀を短時間に同定することができる。

実はチッソ内部でも早い時期から動物を使って、排水との関わりが実験されていた。排水が動物に奇病を起こすことがわかっていたが公表されることはなかった。なぜメチル水銀が生成したのか当時の化学ではわからなかったが、水銀と水俣病の因果関係は十分推定できた。排出されていた水銀化合物がメチル水銀だと確定できなかったばかりに、チッソは水銀が水俣病の原因だとするのは”曖昧な推測に基づいた結論”だと主張し、対応が遅れたのである。

温暖化問題も、見方を変えれば、水俣病と同じように思える。温暖化の原因がCO2であるという証拠はない。CO2が原因だというのは”曖昧な推測に基づいた結論”である。水俣病と異なり、因果関係を示すものはない。目の前に差し迫った現象もない。水俣病の場合は、メチル水銀は同定できなかったものの、因果関係を示す事例があった。にもかかわらず,”曖昧な推測に基づいた結論”だと水俣病への対策を早急に打たなかったのである。一方、温暖化問題では、証拠がないのに、温暖化の原因がCO2であるという”曖昧な推測に基づいた結論”でCO2の問題を解決しようとする。

環境問題だからと、,”曖昧な推測に基づいた結論”で圧力をかけることは、かって水俣病で、”曖昧な推測に基づいた結論”だとして対応を怠ったことと本質的に同じだと私には思える。”曖昧な推測に基づいた結論”で圧力をかけることが環境問題を真に考えている行動だとは思えない。一方、懐疑論者が環境問題に背を向く人々だとも思えない。

温暖化の原因はまだ分かっていない。だから、専門家の中でさえ賛否両論がある。先に紹介したように、NASAの専門家の中にも専門的な証拠を上げてCO2説に反対する人がいるし、IPCCの専門家の中にも専門的な証拠を上げてCO2説に反対する人がいる。査読のある論文誌にも両者の言い分を見つけることができる。現時点で、「CO2 の濃度上昇が温暖化の原因である」というのは、”曖昧な推測に基づいた結論”である。

京都議定書は、アメリカと中国が批准しないと空文化してしまう。アメリカの場合批准のためには、最終的に上院の3分の2の賛成が必要である。議会に招かれている証言者も、専門的な証拠を上げてCO2説に反対する人がいる。当然、政治家の中にもCO2説が”曖昧な推測に基づいた結論”であるということを理解している人々がいる。

米上院は6月10日、環境保護局(EPA)による二酸化炭素などの温室効果ガス規制を差し止める決議案を、47対53の反対多数で否決した。EPAは昨年12月、温室効果ガスを公衆衛生と環境への「脅威」と認定し、現行の大気浄化法で規制する決定をしたが、「規制は議会が決める」などとしてマーカウスキー上院議員(共和党)らが差し止め決議案を提出していた。この日の採決では、オバマ政権の温暖化対策に反対の共和党議員全員に加え、民主党議員6人が決議案に賛成した。上で述べたように、京都議定書の批准のためには、最終的に上院の3分の2の賛成が必要であるから近い将来の批准は不可能だということを物語る。また、今回の中間選挙で共和党が下院で過半数を取ってしまった。

翻って日本の場合、民主党の環境政策に二酸化炭素25%削減策がある。二酸化炭素を2020年までに1990年比で25%削減しようというものである。政治的意向だけが声高に言われ、科学的根拠は全く見えてこない。IPCCの科学的根拠を冷静に検討することから始める必要があるはずだ。CO2説は”曖昧な推測に基づいた結論”であるのに、政府機関のウェブサイトなどでIPCCの科学的根拠を客観的に検討した資料を見たことがない。

今年は戦後65年である。今もって、我々は「負ける戦争をなぜ始めたのか」という問いに的確に答えられない。独立した統帥権が先走り、暴走を食い止められなかったというのは一面正しい。しかし、それ以前に賭けをすることに対して、負ければということの議論をする余地は全くなかった。同様のことがCO2説に対しても現在起きつつあるように思える。科学的に客観的データを提供すべきなのは、本来国立研究所の役目である。ウェブサイトを見ると、”曖昧な推測に基づいた結論”を前提に全てが書かれている。客観的な議論をする余地はない。70年前と同じではないか。

情報化社会になって、情報の垣根は低くなりつつある。発展途上国の生活水準は決して下がることはない。生活水準が上がるということはCO2が増えることでもある。インド、中国の経済はますます発展し、CO2発生量はますます多くなる。アメリカ、発展途上国の動向に関わらず、日本は確固とした哲学を持っているのだろうか。日本が冷静に25%削減に準備できているとは、自然科学的にも社会科学的にも到底思えない。

12月7日は今でもアメリカの人々の心に刻み込まれているのだろう。今年も朝の通勤途上のカーラジオで69年の真珠湾攻撃の日だというニュースが流れた。この頃はCOP会議の時期でもある。

国連の気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change / UNFCCC)がある。1992年の地球サミットで採択された条約である。この条約のもと温室効果ガス排出削減策等を協議する会議が95年以来毎年開かれる。COP (Conferences of the Parties) の名前で呼ばれる。97年のCOP3は京都で行われ、2012年までの各国の具体的な温室効果ガス排出削減目標を課した「京都議定書」(Kyoto protocol)が採択された。日本は、08年から5年間で温室効果ガス排出量を6%(対90年比)削減する内容で、98年に署名、02年に締結した。

現在は、12年に期限を迎える京都議定書に続く新たな削減目標を協議中である。09年12月にデンマークの首都コペンハーゲンで行われたCOP15での合意はなかった。尚COP15の直前、IPCCメンバーの不都合なe-mail が流失するといういわゆる ClimateGate 事件が起きた。今年はメキシコのカンクンで開かれたが、今回のCOP16でも新たな削減目標の合意はできなかった。

昨年(2009年)の九月鳩山前首相が国連で演説を行い、温室効果ガス25%削減という中期目標を表明した。しかし、今回のCOP16 では、日本はアメリカ、中国が参加していない議定書には参加できないと言い出したのである。

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