短歌賞入選歌

 

「全日本短歌大会」

思春期の少年ときに母恋いて微熱あるごと額寄せくる    1993

我が子らは国の市民権得ることを車の免許取るごとく言う   1993

別々の国籍もちてこの国に生きる親子となる日を思う      1993

輪の中にふとさみしさの陰る子のこころを占める帰国の重さ  1993

順応のことばの重さかみしめてわれ送るなり帰国の子らを      1996

風の日は移民の大工の声荒く風に負けじと釘打ちつづく   2002

果たしなき農園(ファーム)に揺れる綿の花はなしろければ奴隷史かなし 2002

父逝くのメール音なく真夜に来て死は薄墨の海に漂う   秀作賞 2003

地下足袋をはいて生き来し父の背が兵でありしを語る八月  秀作賞  2003

「全国短歌大会」

ミドルネームなき名の呼ばれ若者は芝を踏みしめ卒業証書(Diploma)受く  1996

ガレージのボタンひとつで吾のひと日車ごと吐かれ車ごと飲まる  1997

ぎこちなく辞書をひもとく生徒らの指より生まれる五月の葉擦れ  2003

ふるさとの川に遡及する鮭のごと子はアジアへと旅に出でたり(伊藤一彦選者賞)2004

青芝に子の声ころころ転がして帰還のジョンの休日が過ぐ    2004

「河合象子短歌文学賞」

夕暮れの淡き影曳き移民らが港の酒場(パブ)に母国語で酔う(白つつじ大賞) 2000

「国民文芸祭」国民文化祭 

職場にて心肺蘇生を習う朝テレビは死刑の執行を告ぐ(秀逸・内藤明)   2000

移民らの犠牲のありて架けられしブルックリン橋行くわれ移民(特選) 2008

幼子と走りし夕べの風をきき小鹿のような自転車ねむる(入選)2015

「宮島全国短歌大会」 河沿いの蜆の貝を踏みゆけば足にやさしきアジアの響き(中国新聞社賞)2002

「国際交流短歌大会」

蛍など誰も見向かぬ異土の地の日に晒されるほたるの死骸   1994

生半可な郷愁はいらないカーテンを引いて蛍を視界より消す   1994

こよいまた栗の花の香の流れきて狂おしき慕情いちにんに流る  1994

残骸のごとき靴塚の前に立ちホロコーストの証人となる     2000

ホロコースト見終えて仰ぐ河桜冷えし魂を晒しつつ歩む     2000

父の魂抱きて河辺を歩みゆくしろき桜の続く限りを    秀作   2003

桜ばなひかりとなりて降る河辺異土にひとりの葬送を終う    2003

「母子手帳」平成年で書かれいて続き世のごと出す人のおり  2006

春芝のような匂いをかきたてる少年・少女と授業を始む     2006

「海外日系文芸祭・みなとみらい文芸祭」(2013年で終了)

空白の旅程を残し発ちし子の母の指先アジアを辿る    2004

岸の辺に残る流氷未だ硬く名のみばかりの春を踏みゆく  2011

積もりいるポプラの綿毛そっと吹き検体の箱開ける夕暮れ(本阿弥歌壇賞)2012

「平成の歌会」

黒は罪・赤は流血・黄は光祈りに遠くJelly beans 食む (塚本邦雄選)  2001

ポトマックに朽ちて残れる運河あり騾馬はこの世の船を牽き上ぐ(塚本邦雄選者賞)2004

蒼空に百年の夢紡ぎおりライト兄弟の生地に立ちて  (篠 弘選)   2005

生徒(こ)らの知る祖国とわれの知る祖国重ね合わせて読む「ごんぎつね」(永田和宏)2007

「与謝野晶子短歌文学賞」

きさらぎのひかりがゆきに染まりいてボーンチャイナに透ける指先 (篠 弘選)2005

ハンカチのごとき祖国よ抽出しにふかくしずかにたたんでおこう(河野裕子選) 2009

青虫のごとく頭をもち上げて更年期(メノポーズ)後の腰体操す (篠 弘選)2010

「瀬戸市・文芸発表会」

診察の台を一途に登りきて幼はひとつ深呼吸せり    2012

「大分マラソン短歌」

ゴール前両手を挙げて入りくる息子の一番輝ける顔   2013

翼のごと高く両手を挙げる子よフィニッシュラインの数歩手前で(優秀賞)2017

走り終え力尽きたるランナーを真綿のごとく包む人おり(佳作)2017

高々とガッツポーズの影が越えそしてランナーの越える白線(佳作)  2018

 

「万葉の里・あなたを想う恋のうた」

  芝原に座して花火を待ちいれば川の匂いとなりゆく君は(最優秀賞)   2009

紺青のスペリオル湖の岸ゆけばあなたのような汀線にあう(秀逸)    2010

虫の音の果てゆくまでを聴いておりチーズケーキをふたつに分けて(佳作) 2011

萩野きて脚につきたる草の実を投げれば君に弾ける慕情(入選)     2012

砂をもて築きし城は海に向き君、うたかたのキングとなりぬ(秀逸)

2013 ルビー色のコートを着れば浮かびくるこの肩幅を抱きし人あり (佳作) 2014

癌を病むわれのあとからついてくるインディアンサマーのようなひざしで(入選)2017  

パンパスのゆれれば心騒立ちてDeerではじまるふみしたためる(佳作)1/2018

 

「杉原ウィーク短歌大会」

一斉にスタートを切り走る子ら自爆なき野のタンポポ踏みて(愛賞)   2012

「石川啄木父子歌碑建立短歌大会」(題詠・家族)

アイリッシュ・スパニッシュそして日系を誇りてわれら混成家族(啄木賞) 2012

「城崎短歌コンクール」

川の辺を歩けば志賀に会いそうな道の続けり城崎の町        2013  

「河野裕子短歌賞 (愛の歌)」                   

胸の上に医学書を載せ眠る子よつかの間の海おだやかにあれ   2013

60回 「宮柊二記念館全国短歌大会」秀逸賞

「尿バック」の在りか問いくる電話なりわが休日に乱気流湧く    秀逸 10/13

しなやかに生きんとおもう。癌病みてWig(かつら)を洗う七月の指   10/15

「出雲言葉」短歌部入選

「だんだん」の言葉やさしく背にうけカフェを出れば淡雪の舞う  10/13

「葛城歌壇作品」佳作入選

姿見に”ぴっかぶう”せしおさな子かゆびあと三つのこしてきえる (優秀賞) 11/14

幼子と真昼を駆けし自転車は野鹿のごとく樹したにねむる(優秀賞)          11/15

第22回平成万葉の集い 議長賞入選

ゴミ箱を高く持ち上げトラックは秋のひかりも投げ入れてゆく    11/14

パリ短歌イベント

妹のフェイスブックをたどる旅フランスに遠く生きて来たれば        9/18

天象・題詠入選歌

家祭 ふるさとの祭りの囃子のごと流るロックにじんじん郷愁が湧く 1・97
手  なにかしら楽しき未来を開くごと手相見せ合う教室の子ら 3・97
音  患者逝きゴミ箱に捨てる遺品類死とは音なく落ちてゆくらし 4・97
帽子  見たくなき未来もあるか若者はNikeの帽子を目深に被る 5・97
こえ  「Don’t cry」歌う男のかすれ声高音部が泣いているような夜 6・97
駅  駅のなき暮らしになじみ再会も別離も車の窓越しにあり 8・97
時計  その日より大人に近づく予感して左手にはめし初の腕時計 9・07
水  洪水に浸りし土地を離れぬは「たぶん血だよ」と老人呟く 10・07
壁  暴力の言葉を壁に書きなぐるこの街も人も病んでいるらし 11・07
探す  大方の情報探索は可能にてインターネットで買いし家なり 3・98
歌う  ゆく貨車を眺めつつ歌う老患者かつての炭鉱(やま)の男となりて 4・98
眠る   和紙のごと霧に包まれ眠る町船の汽笛が静寂を破る 5・98
呼ぶ  一度だけジャップと呼ばれしことのあり患者は逝きて残りし言葉 7・98
泣く  もう泣いてこないわが子らスヌーピーのバンドエイドが鞄にひとつ 8・98
話す  透明の壁に向かいて話すごとメッセージを入れる留守番電話 9・08
見る  夏の日のプラットホームの白線を越えられずじっと見送りし恋 11・98
腕時計 腕時計見つつ患者の脈をとるわれの愛する沈黙のとき 11・98
川  川辺りの野鹿の脚を灯しいる蛍になりて君を待つ夜 2・99
灯  闇夜より灯火のもとに舞いくれば雪は一瞬金色となる 3・99
土  土付かぬ暮らしに慣れて靴の底乾いた都市の音を奏でる 4・99
夢   悪夢より解き放される日のあらば終わらせたまえ父の戦後を 7・99
風   風を切り黒きマントのメールマン吹雪の道を大股に来る 8・99
雨   ホームレスの掲げる札が雨に濡れGodの文字のインキが滲む 12・99
コート  レインコートに袖を通せばよみがえるこの肩幅を抱きしひとあり 1・00
節分  祖国(ふるさと)を遠く離れて節分の豆を数えぬ歳月が過ぐ 2・00
ブラウス  喉も手も乾きて終える日の授業ブラウスに付きし白墨(チョーク)を払う 4.00

筍   しっとりと羊かんを包む竹の皮祖国の風と陽の匂い抱く 5・00
傘   思い出の襞はしずかにたたむべし傘よりこぼるる花びらふたつ 4・00
セーター  火のごとく燃ゆる原野が胸にありさっくりと着るサマーセーター 10・00
マネキンのセーターの色深まりて街にただよう冬色の海 10・00
柿   民族の悲史と誇りを秘め鎮むイスラエル産の柿を手に取る 11・00
風呂  泡消ゆる音は桑食む音に似て昼のバスタブに繭となりいる 12・00
切符  IFという未来に乗れずてのひらに握りしめてた片道切符 4・01
線路  廃線に立ちて聞きいる風の音時おり移民の足音の過ぐ 5・01
道   無機質の都市の路上をゆるゆると葬送の車つらなりてゆく 6・01
海   「イエスタディ」さざ波のごと流れきて青年は春の海岸(うみぎし)となる 7・01
階段  吹きぬけの駅の階段降りてくる足より人の全貌をしる 9・01
煙   獄よりの紫煙のにおう文をあけ余白なき君のさみしさを読む 11・01
手紙  開封のままならぬゆえさみしさの量(かさ)を積みゆく獄の手紙は 12・01
ケイタイ  夜の更けてバッグの中の携帯が鈴虫のごと鳴きて静まる 1・02
飛ぶ  羽化できぬ少女の背に透明な飛翔願望たたまれており 5・02
友   会うことのままならぬゆえ文の上に歳月を積む獄の友あり 6・02
来る  輝きて生きていけよと向日葵の押し花カード獄より来たる 7・02
辞書  辞書を引くときに眼鏡を下げる癖かくして中年うららかに生く 8・02
歩く  廃屋となりし生家を歩む背に母国空白の歳月重し 9・02
伸びる  伸びきれんほどに朱色の喉をあけ雛は夕日のかけら飲み込む 11・02
門   門限のなき生活を始めし日少女は大人の靴を買いたり 4・03
自転車  旅立ちて車庫に残りし少年の自転車は汗と鉄の匂いす 6・03
踏切  踏切のなきわが町を過ぎる時貨車の汽笛は哀調を帯ぶ 7・03
横断歩道 餌をくわえ一目散に渡るリス歩道、車道の無きものたちは 9・03
顔   悪人といわれ眺める顔写真ビンラデンまたサダム・フセイン 1・04
地図  友のごと地図をたずさえ街に出る新しき州に暮らし始めて 3・04
影   陥没の地表影なく晒されて二千四年の火星明るき 6・04
竹   若竹の香り教室に満ちみちて童が吊るす七月の夢 7・04
花火  草むらにロケット花火を打ち上げて子等は戦の世界に遊ぶ 8・04
砂   過去の音を砂の時計のごと流し留守電のテープ巻き戻される 9・04
つらら  繰り返し繰り返し学ぶ母国語よ少女が発すつららつららと 1・05
鋏   クローゼットに散髪ばさみは眠りいて子の旅立ちし歳月はるか 4・05
雷   夕立ちの止みて雷遠のけばここは祖国と思う八月 8・05
すすき  野の原に穂すすきもなきオハイオの大地に浮かぶ十五夜の月 9・05
ベンチ  敷きわらのしゅるしゅる匂う土に立ちベンチは少しくすぐったくないか 10・05
梅   飴色の梅酒(プラム)ワインにゆれている郷愁というやっかいなもの 2・06
草原  草原に失くしたままの鍵(キー)のごとふとよみがえる思い出のあり 7・06
島   島国の桜前線追いゆけばインターネットにこぼるる思郷 12・06
CD  屋根瓦打ちつつ移民の男らがサンバのCD浴びいる真昼 10・07
客   乗客のラインに並び靴を脱ぐジャケットを脱ぐテロの世なれば 1・08
岬   いずこにも羊の群れるアイルランド岬の端の緑まで食む 5・08
庭   父と子と犬たわむれる春の庭 地雷は遠き国のことなり 10・08
林檎 落ちりんごまとめて箱に入れられて樹したにあわく熟れてゆく夏 2・09
皿  渡米前家族で焼きし砥部の皿二十六年後の食卓飾る 9・09

持つ・招く・打つ・抱く・握る小児科の十指にたくす十時間勤務 2・10

人間が枯れ枝のごと歩きいる水の果てたる熱砂の国に 5・10

穂 穂のつきしもろこしの皮むきゆけば青き大地の匂い満ちくる 11.10

湖   ふた国を流れながれてミシガンの湖(うみ)に漂うしろき流木 7・11

時間 アラスカに着きしサッカーボールあり被災地からの時間(とき)を漂い 9.12

言葉 幾万のことばを聞きしみどり児か初めて「Dada」を発する前に  10.12

故郷 ふるさとを遠くに生きて三十年異国にふるさと育みており  12.12

鞄 重き日と軽き日のあり茶のカバン心をうつし十年が過ぐ  1.13

約束 十年ののちの未来の約束をたやすく誓う少女の指は 4.13

約束をしらねば破ることもなく都会の陰に群れる少年 4.13

山 朽ち果てし移民の墓の並びおりアパラチア山の深きに入れば 7.13

裏 同僚の会話の機微の裏を読みしなやかに生くマイノリティ は 8.13

線 リンカーンの手書きのノートに残りいる十六歳のまっすぐな線 12/13

雪 ドミニカンの陽気な笑い声を聞く雪の降らない真冬の国で   2/14

写真 集合の写真におさまる生徒たちポプラのごとく秋の陽に立つ 3/14

柱 柱なき暮らしに慣れて三十年ドアからドアを開けてまた閉む   8/14

家 八割は家主代わりしこの通りこどもの声の多くなりたり    9/14

会う 帰国生・編入生の入れ替わり別れと出会いの思春期なりき  1/15

名 名を呼べば尾の先までも喜びぬ 犬よ人間は報いているか   2/15

人 流れくる移民の多き国なれど外国人とは呼ばぬ国なり      5/15

子 幼子を両手につなぐ娘の腕よ重ねて見える三十路のわれが  6/15

畳 日本のテレビドラマの真ん中に畳ありたりひかりのように    7/15

職 抗癌の治療を終えて戻り行くナースの職場にトキと呼ばれて  10/15

隣 家を売り越して行きたる隣びと芝生に光る蛍を残し        11/15

店 憂い気なリンカーンの顔の袋さげ土産店より人ら出でくる    12/15

橋 異なれる人種の書きし落書きの続きておりぬブルックリン橋  2/16

音 埋められし胸のポートに手を置きて音なきメッセージ聴く夜のあり  4/16

帽子 生きゆくは生き抜くことか痩せこけし患者の頭にニット帽のる 5/16

声 泣き声にさらに泣き声重なりて午後の乳児の健診続く    6/16

駅 駅の名も知らず線路に沿いてゆくシリアの民の混迷の道    8/16

水 雨水に濡れいし犬の体毛の匂いてきたり五月の朝に    10/16

雪 指先で画面なぞれば手のひらに雪現れて ああ冬がくる  1/17

風 セルフォンの校内禁止を伝う朝ざわざわと湧く風を浴びおり 8/17

鳥 君描くプリズンよりのカードには鳥の舞いおり格子の果てに 10/17

林 暗がりにわれを見つめる鹿のおり水の匂いの林の奥に        11/17

時代 渡米後のわれに昭和も平成も無くて西暦時代を生きる   1/18

 

 

 

 

 

朝日歌壇

 

1993 年

  • · 五時間後Death Certificate(死亡証明書)は完成し人間(ひと)はふたたび法的に死す
  • · 老患者は死後のゆくえを探るごと日本の火葬に興味を示す

1994 年

  • · 食卓の空席めぐり老患者ら朝の話題を死より始める
  • · 心肺蘇生終えしばかりのこの手にて温かきコーヒー患者に注ぎゆく
  • · 老患者は本のページをめくるごと明日を静かに受け入れてゆく
  • · マシュマロのような日本の留学生角なく柔く自己主張なく

1995 年

  • · 消防士の大きなる手は神のごと児を抱きており爆破の街に
  • · 星条旗の横に掲げる日の丸を論ず現地の職員に

1996 年

  • · メールマンの足跡青き影となり雪のひと日が静かに暮れる
  • · 日本語の文字が黒板に残らぬよう消して現地の借り校舎出る
  • · 兵役の署名を終えて十八の吾子はひたすら楕円ボール追う
  • · 毒ガスを浴びし帰還兵の呼び名なく「湾岸戦争症候群」と言う

1997 年

  • · 患者逝きゴミ箱に捨てる遺品類死とは音なく落ちてゆくらし
  • · 吹雪止み外に出ずれば雪かきの人の影濃く雪闇に浮く
  • · ひとパック一ドルと書かれし蒲公英の摘菜売られる雪国の春
  •  戦争に未だうなされる父の夜を母逝きて誰も聞きてはおらじ
  • · 捨てるもの多き引越しを繰り返し捨てきれぬひとつ人種日本人

1998 年

  • · 神の名を札にぶら下げホームレス立つ病みて淋しき都会の底辺         
  • · 胸に手を置き星条旗仰ぐとき移民にも市民にもなれず漂うー近藤、馬場
  • · 椋鳥の空の巣欲しき生徒いて授業の合間にくじ引き作る
  • · 庭の窓ノックし餌請うリス減りて木の実のしきりに落ちる秋なり

1999 年

  • · 球根を掘り起こさぬよう諭すけど無垢な逃走繰り返すリス
  • · 正月の「LUCK」と言いて子らの食む一椀の餅に香る干し海苔
  • · 枯れ葉くわえ巣の修繕に走るリス吹雪(ストーム)()の去りて樹の先は青
  • · 帰国児の適応の力信じたくカードに記す一行の別れ
  • · 木の芽食むリスの影絵も揺れており日脚の伸びし居間の白壁
  • · 鈴蘭を愛でて祈りしホスピスの患者逝くを知る春の告知板
  • · 両の手に開きし聖書が重いと言うホスピスの患者にモルヒネを与う
  • · わが庭を喰い荒らす鹿の子連れ一家に散歩の道で出会ってしまえり           
  • · 歳月はめぐりて帰化をする明日湯上りの夜に「神田川」聴く
  • · 四頭の子鹿が花を食む間母を道側の芝を食みおり
  • · メープルの樹したに鹿の親子来て緋色の庭の夕べに染まる

2000 年

  • · 艦長の椅子に座りて笑む夫指揮する男の孤独の部屋に

2001 年

  • · カイゼルの髭の車掌を藍に染め海辺の駅がひたひた暮れる
  • · 花嫁のドレスがチャペルに消えるまで生徒(こ)()らは窓辺に肘つきて見る
  • · 焼け跡に半旗を掲げ夜も昼も埋もれし希望を人は掘りゆく―馬場、佐佐木(天声人語にも掲載される。)
  • · 生徒待ちし運動会は取り止めてテロの被災者の義援金募る
  • · 星条旗を頭に巻ける若者が夜の片隅にキャンドルみつむ
  • · 爆弾や破壊の語彙の多くなり生徒が綴る秋の作文

2002 年

  • · ハリソンの逝きて流れるビートルズテロなき時代の平和を歌う
  • · 両腕を広げて風を切る生徒(こ)()らが飛行機となり「テロごっこ」始む
  • · 果てしなき農場(ファーム)()の綿の花揺れて奴隷史は白き風のごと過ぐ
  • · 幾度も子山羊がホーンをぶつけあう音の弾ける初秋の牧
  • · 無作為に市民・子どもが撃たれても銃の規制を叫ばない国
  • · 鹿渡る標識の立つ道の辺の鹿の躯(からだ)()に朝霜の降る

2003 年

  • · Zenというちいさき箱庭売られいる瞑想好きのアメリカンのため
  • · 出征の兵を見送る家族あり既視感のごとWarの波来る
  • · オレンジに危険レベルが上昇しテロ警戒を報ずる朝
  • · 三度まで解雇されたる夫支えアメリカの地に踏ん張りている
  • · 義歯をはめ化粧を終えてゆるやかにホスピス患者の一日始まる

2004 年

  • · われの名を覚えてくれしホスピスの老は忘るる今日という日を
  • · 今もなお湧きて流るる清水ありリンカーンの生(あ)()れし小屋の近くに
  • · リンカーンの生まれし土地を訪ねれば春の森ふかく啄木鳥()(きつつき)響く
  • · 「わたつみのこえ」にもかよう文遺しイラクの砂塵に散りし米兵
  • · ふたり子の手をとり朝の散歩するジョンはイラクの帰還兵なり
  • · またひとり目隠しをされ消されるを画像に見つめ朝が始まる

2005 年

  • · うずたかく路肩にゴミの続く道聖夜の明けしアメリカの顔
  • · 洪水に流されし実を掘りいるか川辺のリスにまた雪がふる
  • · 雪掻きの暮らしになじみ二十年銀の狐の雪靴ぬくし
  • · 小石より蹄(ひづめ)()に伝わる春ならん鹿ゆったりと川べりをゆく
  • · 母国語に閉店までを浸りおりニューヨーク街の「ブックオフ」にて
  • · インディアンの棲みいし川沿いの道ゆけばとうしみとんぼが水面に遊ぶ
  • · 楽焼をカナダに伝えし民のあり名もなき町の工房(アトリエ)()に寄る
  • · ローズマリーの細き青葉を摘みてより森のかおりの秋にさまよう

2006 年

  • · 天気図にサボテン・マークのゆれる朝アリゾナ州は雨をこがれる
  • · バスケットボールつく音の響ききて夕べ明るき「夏時間」なり
  • · 「ライアンの娘」の石碑読みおれば風の岬に通り雨くる
  • · カーニバルの去りし跡地の芝原に光のごとく蝗虫こぼるる
  • · 年を取ることは乾いていくことかテスト用紙をなめなめ配る
  • · チョコを食む少女のしぐさリスに似て唐突にくる思慕をしらざり

2007 年

  • · ガソリンの給油を終えし霊柩車朝のラッシュにすべり入りたり―馬場、高野、佐佐木
  • · ミドルネーム無き名の呼ばれ壇上に医師となる子が卒業証書(Diploma)()を受く―永田、佐佐木
  • · 州の名をひとつ言いては縄跳びの輪を出でてゆく黒髪の子ら
  • · 妖怪にまじりてるてるぼうずありハロウィーンまでを吊るされて待つー馬場、佐佐木

2008 年

  • · するめ・昆布細かく切りてゆく夕べ吹雪きているか「松前」もまた
  • · 雪の上のカナディアン雁の糞の色緑となりて春を告げおり
  • · 原発の冷却塔(()クーリングタワー)のそびえおり少年・リンカーンの住みいし土地に
  • · ペン胼胝(だこ)をもうつくることないだろう電子チャートの看護となりて
  • · 旅行族の長く並べるゲート隅帰還の兵を囲む輪のあり

2009 年

  • · 野生へと育ちゆく朱鷺を応援す職場にトキと呼ばれるわれは

2010 年

  • · 三万の兵を増やして六千を柩とともに帰す国なり
  • · トラックの鉄のシャベルは火花放ち吹雪の道の雪を搔きゆく
  • · センチよりインチの似合う暮らしなり雪の上にまた雪を積み上ぐ
  • · ここからは教師の顔となる朝チュウインガムは車に捨てて
  • · ぬんるりと原油を浴びしペリカンの項垂れおりメキシコ湾に
  • · 洗われるペリカン映し鳥類の六割はDEAD締めくくるアナ
  • · その瞳にヒトを映して静かなる老いしダービーの鼻筋に触る
  • · 二百人の子どもにインフルエンザの注射終えインディアン・サマーの夕を帰りぬ

2011年

  • 被災地に帰国して行く子も交り全校生徒が黙禱ささぐ
  • 移住者の募金・チャリティの続きおり羅府新報の隅々にまで
  • 「がんばれ」は書かず「元気で」と書き添えて帰国の生徒へカードを閉じる
  • 「20分、10ドル」の散歩を追加して犬を送れりペットホテルに
  • 三社より一社となりて日系の新聞もまた生き残り賭く
  • グラウンド・ゼロの石碑に触れゆけばミドル・ネームの無き名にも触る

2012年

  • 「bonsai」の切手をしろき封に入れちさき緑を獄に送りぬ

 2013年

  • 冬眠を終えし二匹のオポッサムが芝原に出て陽を浴びており
  • トラックが一ダース余の簡易トイレ運びてゆけりゴルフの闌(た)けて

2015年

  • 芝うえをバグパイプの音の流れれゆき夏の祭りは哀愁を帯ぶ

 



2016年

  • プレツェルの店の男の刺青の鯉鮮やかに夏を呼びいる
  • 消しゴムのかすを片づけ日本語を消して借用教室を出る
  • 晩秋のわが家を幾度もノックする啄木鳥のいてほうきふるわれ
  • トランプの当選の報駆ける朝可燃と不燃のゴミを出しおり

2017年

・帽子かぶり授業をすればなぜと聞く子らには言えぬ病と生きる

校内にガンマンが来たら逃げること散り散り逃げる訓練なりき

もろこしを買い来る人ら見ておれば民族に隔てなきと思えり

・ベランダを胡桃をくわえ往き来するリスに来ておりハーベスト・タイム

 2018年

・無作為に抽出されしアンケートの人種の欄にて止まるペンなり

・裏庭にひなたぼこする狐おり教師に銃を持てという国

ゲートにてわが子を高く抱き上げて兵士は母の顔となりゆくー永田、馬場、佐佐木

 

 

毎日歌壇

毎日歌壇入選歌

· メキシコの光を浴びて育ちたるきゅうりが弾む”Kappaを食めば   3.9

· 美容師の指の冷たさ、タツーにも慣れてミラーにあたらしきわれ  10.9

· ほんとうの難民を知っていたならば「出産難民」などと呼ばない   10.9

· ピザ族やバーガー族の群れる国おむすび族となりて旅立つ 11.9

· 熱の子も忍者に仮装し母とくるハロウィン間近の小児外来   11.9    

· 雪国に雨のおとずれ信号の緑はながく路上に染まる     5.10

· アフガンに百の兵の死越す月を過ぎて祝えり独立祭を   8.10

· アメリカはイラクに何を残したか帰還の戦車が夜道につづく  10.10

· 生きるとは汗をかくことみどり児を抱く腕も汗ばむほどに  12.10

・枯れ葉乗せ庭のハンモックゆれており隣の家の売られるまでを  12.10

・「Woops」を自然に発する夫とわれ二十年以上住んでいるんだもの 2.11

・診察の合間に万歩計のぞき医師もナースも歩数を競う         2.11

・恋愛の擬態語は何と問う生徒(こ)らにズキズキと応え笑われており  4.11

・被災せし日本へ募金することを勧めて終えり最後の授業   5.11

・モコモコとシャンプーを立て流す時犬の向こうの芝に虹立つ  8.11

・滑らかに暗き地球に戻りきてシャトルは最後の務め終えたり  8.11

・カモの群アヒルの群の中にいて鷺の孤独をきわだたす首   9.11

・初秋のポプラの緑葉まぶしくてひと月ぶりの生徒を見上ぐ   10.11

・自己流につけし茗荷のハリハリとわれも少しは根付いてきたか 11.11

・新しきシャベルを使いたくなりて夕暮れのなか雪掻きに出る   3.12

・六十の誕生祝いのメール来る家族・友人・眼科・歯科より  11.12

・道までの雪掻きを終えメイル箱にこんもり積もる雪を払いぬ   3.15

・左腕に巻かれしバンドがわれとなるメディカル・ナンバー980365588     4.15

・慣れたくはないけどひょいと付けてみる白髪のなきゆたかなWigを   6.15

・背伸びして検体箱を掛ける夕メープルは紅く空を染めおり       11.15

・メープルの枯れ葉に染まる家の庭「For Sale」の立て札のあり     11.15

・十三個のキャロット・ケーキを焼きてゆくシナモン香るわれの休日   1.16

・揶揄・野次の多き演説繰り返し候補者の絞られていく国        3.13.16

・前を行く車のプレートに引き込まる「I served Iraq & Afghanistan」(イラク・アフガ   ンに兵役をせし)                          6/16

・こんもりと箱に積もれる雪はらい赤き旗立てメールマン待つ      3/18

・乱射後の校舎の上に虹架かり生き残りたる生徒(こ)ら登校す     4/18

読売歌壇

庭芝に小さき虹を描きつつ犬のシャンプー流す初夏      7.11

現代版「枕草紙」を書かせれば春は挑戦と書きし編入生   10.11

採点を終えてテストの残りたり被災地に帰国してゆきし生徒(こ)の 4.12

池の辺のぎースの眠る昼下がり鳥の時間は水のにおいす   5.12

夏くればバンドエイドをむくように紅きプラムのシールをはがす  8.12

八月の果てまでを鳴く蝉がいてメープルの樹は命をこぼす   10.12

脚ひとつ壊れし電気こたつ出し二人で囲むちさきふるさと    11.12

落ち葉吸うバキューム・カーの音の消えカーンと乾いた冬の入り口 12.12

Eメールの着信多き年の暮れ暖炉の上の賀状は減りて               1.13

真っ白な巣箱のように立ちておりペンキ塗りたての郵便受けは  4.13

いつもより春待つ時間(とき)の長ければ雪・風・光としたしくなりぬ 5.13

桃の実を間引けばふいに匂いける晩夏と初秋のあわいのにおい 9.5.13

この国の茶の封筒に納めんと歌誌ぐしぐしと詰め込む朝   11.25.13

帰国の子抱けばすっぽり埋もれくる十三歳の胸郭うすし 3.30.14

バックパックの単行本も越境すユーコンまでをバスにゆられて 9.29.14

インプラントは二十年もつと歯科医言う癌の疑いの残れるわれに 1.26.15

メープルの幹より降りてくるリスの爪音高き6月の朝      6.15.15

添削を迷わす生徒(こ)らの短歌なり野鹿のように原を駆けいて  6.22.15

レポートを書き直しては送りくる少年の脱皮は冬に始まる    2.22.16

群青のマーカー持ちてゆっくりと抹消したり帰国生の名を      2/29/16

生徒らの詩が地方紙に入選しロースト・ピーナッツの歯切れよき初夏  7/13/16

梅雨の無き国を羨む友からのメールはすこし湿り気味なり      8/21/17

スカンクの未だ新しき亡骸なり車通れば毛が立ち上がる       9/25/17

キコナイは木古内という赤青の丸屋根おおき北海道に入る   7/1/18

NHK 短歌

 

 

NHK短歌入選歌

浮く 逆さにて飛行船士が手をふれば我に伝わる浮遊感あり 11.04
「ヘリコプター」と空に落ち葉を飛ばす子ら遠く祖国を離れし秋に 11.04
響く こっつんと時折り水槽にぶつかりて己が存在響かせる闘魚(Betta) 12.04
澄む リンカーンの生まれし小屋のかたわらに澄みて湧きくる地下水のあり 1.05
断念 白線の内側にいて留まりし彼の日の炎の残り火を抱く 2.05
立つ 国境の検問に立つ若き兵の腰に銃ある国に戻りぬ 5.05
いくつもの袋をかかえ眠りいるホームレスを刺す地下よりの風 7.05
東京 紺青のTシャツの「東京」ゆれるたびアジアの風を聞きいる少年 7.05
自由題 講和終え写真の「吉田」の笑みており半世紀後の空軍館に 8.05
鉛筆 鉛筆を持たざるわれはユニフォームにボールペン刺し病状を聴く 9.05
遊ぶ 答案の裏に書かれし絵や文字の子等の世界にひととき遊ぶ 4.06
繰り返し中耳わずらうマイケルは父の胸ふかく頭埋めいる 7.06
植える 引越しのたび植え替えて来し茗荷新しき州の土より芽吹く 2.06
忘れる 忘れずに来る生徒等のいじらしく今日の宿題少なめに出す 9.06
オハイオの州の樹栃の木バック・アイまなこのような黒き実こぼす 1.07
診察の波のひきたる昼休み鏡に向かい口紅をひく 1.07
自由題 ジーンズの男ら一斉に塗りてゆく家の壁色空となるまで 1.07
馬車の音の聞こえくるよな移民史を秘めて佇む屋根のある橋 2.07
光る 冬眠の穴より出でしかわうそが光りとなりて水に遊べる 5.07
浴びる ラジオより流れるサンバを浴びながら移民の男ら瓦打ちゆく 7.07
風呂 シャンプーの泡を立てれば遠き日の繭のかおりの満ちくる浴室 11.07
食器 砥部町で四人で焼きし家族皿二十年後の食卓にあり 12.07
嫁ぎゆく子のために折る鶴百羽母は真白き息を吹き込む 1.08
千切る にぎること・つまむことそしてちぎること幼の指はふくふくおぼゆ 1.08
カイゼルの髭の車掌も染まりいて藍に暮れゆくボルチモア駅 7.08
引く 夕暮れの散歩に出ればわれの手をぐいぐいと引くまぼろしの犬 7.08
戦う 芝原にロケット花火を上げる子ら戦をしらぬしろき指なり 8.08
うたびとが集いつどいて九年目われらこの地に「移植林」なす 10.08
自由題 空港のロビーより歩きくる兵士未だ歩哨の続きのように 11.08
無傷にてイスラエルより渡り来し艶やかな柿てのひらに載す 1.09
帰る 旅行族のゆるんだ顔のかたわらを歩哨のごとく帰還兵くる 4.09
食べ物 赤・白のミントひとつぶつまみ終え長き葬列のひとりとなりぬ 7.09
家族 昼夜なき臨床の海超えし子の白衣のシワがひと日を語る 8.09
この星のいずこより来しみどり児か目覚めるときにまぶたふるわす 9.09
夕暮れの川の匂いを運び来し少年の手に虹鱒ひかる 9.09
戦争 兵役に署名せし子の爪の下さくらのような血の流れいる 10.09
地名 核・テロの喧騒遠く眠りいるNY郊外に「英世・野口」は 11.09
約束 「ヤクソク」と確かに聴きしコリアンのドラマは恋の破局を向かう 12.09
動物 運河より船牽き上げし騾馬二頭まなこすずしく木陰に憩う 1.10
仕事 泣き声にさらに泣き声重なりて命が弾むフルーショットデー(予防注射日) 2.10
遊び 向き向きに子らの折りたるカイジュウが机に並ぶ 雨の土曜日 3.10
花の歌 かがやきて生きているかと問うごとく向日葵のカード獄より来たる 5.10
ソノグラムに12cmの胎児ありメダカのような顔をみつめる 6.10
会う 「オウ」「オウ」に二十五年を凝縮し鹿島艦長と夫(つま)再会す 6.10
身体 元気でと帰国する児を抱きたればいまだ幼き背骨に触る 7.10
夕暮れの氷雨のなかを歩ききてふた耳熱き犬をぬぐえり 8.10
飲み物 診察の合い間を縫ってほうじ茶を飲むその先は万緑の窓 11.10
口髭の真白きままに逝きし父埋めて読みゆく『永遠の0(ゼロ)』 12.10
日本のみどりが並んでいるように「Edamame」売られる冷凍コーナー 2.11

夢   夢の路に何を追いゆくみどりごか天使がふいに哲学者めく 3.11

思い出 亡き患者(ひと)のレシピ片手にクッキーを焼けばしんしん二月のメモリー 4.11

鞄   肩掛けのふたつの鞄(バッグ)の並びおり教師の顔とナースの顔で 4.11

色彩  紫のマジックを引き抹消す二度と呼ばない生徒の名前   5.11

日   マモグラフィ終えて出でたる昼日中風に押されてわたしに戻る   6.11

息   カイゼルの髭の車掌を藍に染め窒息しそうな夕暮れがくる    6.11

働く  触れる・抱く・書く・打つ・測る小児科に十本の指蝶のごと舞う   7.11

重ねる スカーフを重ねて巻きてわが内に漂う死者と葬儀社を出る         7.11

風   ブルックリンの橋を渡れば風に乗り多国語近く・遠くに聞こゆ   8.11

階   階段を降りくる人を待つ夕べ足の先より人を知りゆく     12.11

間   アベニューの人間(じんかん)の波泳ぎきて汗は人種の匂いと知れり 1.12

椅子  遊び場のつづきのごとく幼の手診察室の丸椅子まわす    5.12

舌   舌を噛み”th”の発音のできしころこの国にわれ溶け込みており  6.12

森林  はかなさは雪とはしらず林道のつづく限りを駆けていた夜   6.12

陰る  モノクロの陰影として晒されしマモグラフィーの結果読みゆく  8.12

海辺  夕暮れの海辺の駅はひたひたと髭の車掌も青に染まりぬ         9.12

花火大会  未だ恋知らぬ少年のしろき指闇夜にまるく花火を描く   10.12

浮く   浮動票の多いなる州を標的に熟して湯けり大統選      11.12

畑   少年の鬱をとばしていくようにコーン・フィールド(もろこしばた)にふく風は青 11.12

買う   「Zen」というちさき箱庭売られいる瞑想ひとつ買う人のいて 2.13

友    「Forever」の切手となりて友則の花は散りおりポトマック河に 4.13

凍る   凍りいる水疱瘡のワクチンを溶かせば灯のもと透明となる 4.13

糸    生れし児の六文字の名をかがるとき刺繍の糸は未来をつなぐ 5.13

入学式   靴擦れの痛みとともによみがえる入学式の革の匂いは       6.13

恋う    プリズンに志願者となり水をまく素足に恋し自由というは    6.13

空港    少しずつ人間の顔を取りもどし兵士は空港のゲートより来る 7.13

結婚   アイリッシュ・日系そしてスパニッシュ混成家族の集う結婚    8/13

声   まちまちに「シュート」「シュート」と叫びつつ声変わりする子ら駆けゆく 1/14

外国の人   この国は外国人とは呼ばぬなり違法であっても違法でなくても 2.14

読む   声変わりする子の声も混じりいて子等の読みゆく「平家物語」 2.14

クリスマス 一品の料理おのおの持ち寄りて母国語で酔うクリスマス・パーティ  2.14

おめでとう  タキシードの胸にくじゃくの羽をつけ息子送りぬ海辺の式に  6.14

開く     あたらしきラボに移りてキャビネット全開したり器具入れる前 11.14

立つ   着ぶくれて慈善の鍋のかたわらに立つ男より鈴(ベル)の音ひびく 3/15

足(脚) 皿洗うわれにまつわる白き猫母逝きて立つさびしき脚に   5.15

私   少しずつ私が消えていくようなキモセラピーを受ける月曜      7/15

花   日米の国旗より胸のコサージュの位置の気になる卒業生は     7/15

鏡  腸壁に風船のごとゆれいるを癌ととらえし内視鏡検査(コロノスコピー)8/15

財布 保険証を一番上に挿入し財布(パース)を閉じる抗癌の日々     9/15

窓  キッチンの窓をあければ爪音の高くひびきてリスの降りくる      10/15

選ぶ これはジャムこれはパイにと選ばれてあなたの手よりこぼれるりんご 11/15

犬 耳もとに口寄せ歌を聞かすとき老犬の息やさしくなりぬ     12/15

パン シナモンのふかき香りのかぼちゃパン一切れ食みて秋にさまよう 2/16

ケータイ まっさきにケータイ持ちて出ることを生徒らに話せり避難訓練 2/16

サラダ さくら色に漬かりし茗荷の入りているサラダ食むなり診察の間に  3/16

坂  いくたびもSの字描きへびの子の上りて春の坂道しずか      7/16

躓く つまずけどピノキオのごと起き上がりトップを走る強者のいたり 12/16

聴く 変声期の声もまじりて聴こえくる「シュート」を叫ぶ連呼のなかに   3/17

地名 ダブリンに夏の祭りの巡り来てバグパイプの音の芝にしみゆく   8/17

シャツ 放課後の黒板の文字すべて消しシャツに付きたる粉チョーク払う 10/17

外  校外に散り散りに逃げ生徒らとガンマン侵入の訓練を終う     10/17

穀物 冷凍の緑の食品売り場にて「Edamame」を買う七文字の豆     10/17

怪しい かぐや姫を怪しいという生徒たち三月で大人に成長すれば    10/17

氷   唐突に青き氷河の崩れゆき遅れてきたり反響音は        11/17

淡い  弔問を終えし生者はマフラーに淡き熱気をつつみて去れり    11/17

貝   川沿いのヤマトシジミを踏みゆけばアジアの響き足裏にあり   12/17

速い  洪水の速き流れに逆らいて歩く民おり子犬を胸に        12/17

動画  「コラコラ」と日本語で呼びおさな児が動画の中でダンスしており 1/18

甘い 「考察が甘い」と送れば書き直しくる子に脱皮の近づきており   2/18

病気  癌を病むわれに付きくる影のあり濃き日もあれば薄き日もあり  4/18

卒業 貧しかりし渡米の頃を重ねつつ子の卒業のスピーチを聴く    5/18

大  ちっぽけな望郷ひとつ引き出しに米粒大のこけしのねむる    5/18

明るい ドライブウエーで受けしバーガーのあたたかく青年の明るき声に包まる  5/18

会話 「オウ」「オウ」で始まる男の会話なりパーク・アベニューに夏帽ひかる 6/18

塩  除雪車は火花を散らし塩撒きて凍てつく道を走りてゆけり    9/18

渋 日系の店で求めし干し柿に渋さ残りて郷愁の飛ぶ         12/18

線 コンパスの使い方知りし児童らは曲線模様の夢つなぎゆく     12/18

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8.12NHK全国大会入選歌

自由題 爪立ちて餌請うリスの胸見ればほんのり乳首の膨らみており 1.99
十号の海の絵を壁に掛けてよりわが胸うちに汽水立ちくる(秀作) 1.04
銀色の小窓にメッセージ残すときてのひらうすく吸われゆく声(秀作) 1.08
自由題 芝刈り機をゴーカートのごと乗りこなすあれは男の玩具なりけり(秀作) 1.09
子の部屋に空のバックパック投げ置かれ教師のストは二週目に入る 1.09

自由題 朽ち果てし移民の墓をかがやかせアパラチア山に夕陽がしずむ  1.14

自由題 薬局でポンと渡されし袋には十四言語の注意書き走る      1/15

自由題 公園のサッカー場の片隅に「コーチ、アフガンに死す」の碑あり 1/16

題詠「風」特選 夕暮れのカリブの風のぬける浜ふたつ言語で進む婚あり 1/17

自由題 切り岸に逆さになりて緑食む羊・羊の群れる国なり                         1/17

題詠「山」特選 山ならばアパラチアンが良いと書くいつか来る日の散骨のため 1/1 8

自由題 網と竿持ちて真っ直ぐこぎてゆく誰も触れるな少年の朝 (秀作)        1/18

 

 

 

 

メキシコ・クルーズの旅

雪掻きを一度もすることなく暖冬の季節が過ぎ、三月下旬のオハイオ州は、すでに芝生が緑に萌えていた。夫と私は春休みを利用して、メキシコへ一週間のクルーズの旅に出かけた。ニューオリンズ空港に着くと、2005年に襲ったハリケーン・カトリーナの災害が脳裏をかすめた。その七年前の記憶と東北大震災の記憶が重なり、目の前に広がる穏やかなミシシッピ河が、何か魔物の爪を隠して静かに息づいているようにも見えた。

埠頭に着くと見上げるほどの“カーニバル”の巨船が現れ、午後四時の出航を待っていた。パスポートのチェックもなく客となり、部屋に荷物をおいて船内を一巡し始めた。1998年に就航のニ千人余の乗客とスタッフ九百人余の7万トンの船である。最近は13万トン級のクルーズ船が多いが、それでも船内は、プール、スパ、フィトネス、美容院、カジノ、カラオケ、画廊、図書室、フォトスタジオ、バフェ、すしバー等など、ありとあらゆる娯楽と趣向が満載で、飽きることなくクルーズを楽しめるよう工夫されていた。

毎夜のディナーの席のメンバーは決まっていて、丁度私たちの年齢の五組の夫婦が同席した。ペンシルベニア州の再婚同志のカップルはハネムーンだと言い、アーカンソー州の二組は、農業を退職した記念の旅だと言う。バーモント州の夫婦は、三回目のクルーズと旅慣れていた。子供や仕事、風土等を話題に、毎夜ヨーロッパ風の新鮮な料理に舌鼓を打ち、写真を撮り合った。

船内のどこに行っても、クルー(乗組員)はアジア人が多いことに気づいた。オフイサーを除いたクルーの70%はインドネシア、マレーシア、フィリピンなどの国から働きに来ていると言う。アメリカ人の働き振りに慣れた私の眼には、てきぱきと丁寧に、そして、気持ち良く仕事をこなしていく彼らの働き振りが新鮮に感じた。片言の日本語で話しかけてくるクルーもいてうれしかった。

メキシコのプログレッソに着き、チチェニッツァのツアーに参加した。マヤのピラミッドに、蛇の影が現れる春分の日より一日遅い日であったが、マヤ文明のメッカは観光客と商売人であふれていた。中でも小さな子供達が「ハンカチ・1ドル」と寄って来て、しばらく付いてくるのには困った。その瞳は真剣で、その日の生活の糧がかかっている眼差しであった。アメリカでこういう眼を見ることはないだろう。マヤ人達の暮らしぶりは本当に貧しく、胸が痛んだ。私たちと同じ蒙古班をもつ人種であり、ガイドの男性は優れた歴史を持つマヤ人であることを誇りとしていた。

ユカタン半島の東側のコズメルは、カリブ海の広がる明るい観光地であった。四隻のクルーズ船が停泊していて、買い物客や海水浴客で賑わっていた。真っ青な海を前に、若者達は、飲んで歌って踊ってカリブの太陽に溶け合っていた。

メキシコでは、イグアナという食植性の珍しいトカゲをよく見かけた。マヤのピラミッドの上に、草の上に、また、海岸の砂の上にと色彩を変え、自在に生息していた。熱帯の国の王者のような風貌をしており、メキシコの風土に良く溶け合っていた。